事実と概念

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【再現】慶應法科大学院 2017 刑法

自己評価:C

1.設問1

(1)Zが財布様のものをすり取った行為につき、窃盗罪(235条)が成立するか。

AZがすり取った時点において死亡していた可能性があるので、「疑わしきは被告人の利益に」の原則から死亡していた場合にも「窃取」にあたる必要がある。そして、「窃取」とは他者の占有にある財物を自己の占有下にその意思に反して移転させることであるところ、Aに占有が認められるか。死者の占有が問題となる

(ア)まず、死者に占有を観念することはできないので、死者に占有は認められないのが原則である。もっとも、殺人犯人との関係においては、殺人から時間的場所的接着性が認められる場合には生前の占有がなお刑法的保護に値すると評価できる。

(イ)これを本件についてみると、ZAの殺人犯人ではなく、XYの暴行と4時間半も離れている。よって生前の占有が刑法的保護に値するとは言えず、Aに占有は認められない。

イ以上より、Zに窃盗罪は成立しない。

(2)上記行為に占有離脱物横領罪(254条)が成立するか。

アまず、Aは死亡していた場合は勿論、生存していた場合にも、意識を失っていることから占有の意思が認められず、「占有を離れた」といえる。

イもっとも、Zは名刺入れを財布と勘違いしているため、故意が認められないのではないか、具体的事実の錯誤が問題となる。

(ア)故意の本質は反規範的人格態度に対する強い道義的非難にあり、規範は構成要件の形で与えられているので、認識と客観が構成要件レベルで合致していれば故意が認められると解する。

(イ)本件では、財布という認識も、名刺入れという客観も「財物」という構成要件レベルで合致しており、故意が認められる。

ウ以上より、上記行為に占有離脱物横領罪が成立する。

(3)ZBに全力で体当たりした行為に傷害致死罪(205条)が成立するか。

結果的加重犯の本質は基本犯に重い結果発生の危険性が内在されていることにある。よって、重い結果について過失は不要であり、基本犯と結果との間に刑法上の因果関係が認められれば足りると解する。

本件では、ZAの顔面という急所を手拳で殴打しており、基本犯から死亡の結果発生への因果関係が認められる。よって上記行為に傷害致死罪が成立する。

2.設問2

(1)まず、Xの殴打行為について暴行罪が成立する、

(2)Yの殴打行為によりAは意識を失い生理的機能が害されているので傷害罪が成立する。

(3)しかし、XYのいずれの暴行からAの死亡結果が生じたか不明であり、利益原則から傷害致死罪の単独犯を成立させることはできないとも思われる。

そこで、XY傷害致死罪の共同正犯(205条、60条)が成立しないか。

ア共同正犯が成立するためには、①共謀の事実②共同実行が必要であると解する

本件ではたしかにXYの暴行を共同実行と評価する余地があるが、YXと面識がなく、XYの存在および暴行について認識しておらず共謀の事実は認められない。

イよって傷害致死罪の共同正犯は成立しない。

(4)では、207条の適用により、XYの暴行と死亡結果への因果関係を推定できないか。

アまず、傷害致死207条を適用しうるか。

この点、207条は二人以上が共同して暴行した場合に因果関係の確定が困難になることに鑑みて因果関係を推定する趣旨の条文である。そして、因果関係の確定の困難さは傷害の場合のみならず致死の場合にも妥当する。よって傷害致死にも207条を適用しうる。

イでは、いかなる要件で207条を適用するべきか。

(ア)この点、①それぞれの暴行が死亡の危険性を有する行為であり②外形的に見て各暴行を共同実行と評価できる、すなわち同一の機会に行われた場合に適用できると解する。

(イ)本件では、XYAの顔面という急所を手拳という殺傷性の高い手段を用いて暴行しており、①を充足する。そして、XYの暴行は時間的場所的に接着しており、外形的には共同実行と評価できる。よって②を充足する。

以上より、207条の適用によりXYの暴行と志望結果への因果関係が推定され、XYそれぞれに単独の傷害致死罪が成立する。